私の学問への愛を語る。

こんにちは。

まだブダペストにおります。

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こないだ、有名なスパに行きました。本記事の内容とは特に関係ありませんが、絵になるので。笑 もうちょっと暖かくなったら絶賛おすすめするのですが...

 

 

では、本題へ。

前回の記事を読んでいただいた方、ありがとうございました。

 

satomioya.hatenablog.com

 

卒論を読みたい!内容が気になる!と言ってくれた方がちらほらいたので、記事にしようと思いました。(というか、複雑なのと要約が下手なのでツイッターで説明できない)

 

 

1. 何を調べてるのか

2. どんな方法で?

3. なぜそれを卒論にしたのか?

 

を書いていこうと思います。

 

 

1. 何を調べてるのか

テーマは、「イスラム教と社会起業の関係性」

キーワードは、宗教・社会起業家(精神)・イスラム教・(少数派民族)・(移民)

タイトルは、"Islam and Social Enterprise: Impact of Religious Values in Contemporary UK"(イスラム社会的企業:現代イギリスにおける宗教的価値観の影響)

 

まずは、社会起業・社会起業家社会起業家精神とはなんぞやという説明が必要だと思うので、バックグラウンド含め、それを説明します。知ってる人はだーーーってとばしてください。

 

一般的に社会で人々の暮らしを支えているのって、

  • 公共(政府)
  • 市場(売り買いするもの全て)
  • 家族/親戚
  • 市民社会(チャリティ・宗教団体・NGO・圧力団体など)

の4つだと思うんです。

家族・親戚に頼ると、病気になったり亡くなったりしたときに困るし、

市場に頼ると、自分が障がいや病気を持っていてお金が稼げない場合・市場が不景気になってお金がもらえない場合(失業)に困ります。

そのために政府が社会福祉社会保障という形で、税金を徴収して、医療の一部もしくはほぼ全てを負担したり、失業手当や年金を出したり、などなどします。

でも、政府は税金をもとに社会福祉社会保障を提供しています。そして、全国民のことを考えなければなりません。もちろん地域や人々の間にある格差の問題(貧困など)、当事者だけでは解決せざるを得ない問題(環境問題など)に全く気づいていないわけではなく、社会福祉社会保障格差是正を図りますが、見落とすこと・もしくはわかっていても行動に移すのが遅いことがあります。

そこで、市民社会が(主に無償の労働力や資源提供を利用し)、政府より小規模の範囲で、人々にモノやサービスを提供したり、政府に声を届ける活動を行ったりします。

しかし、こうした市民社会の活動は、ボランティアや寄付のおかげで成り立つことが多く、持続性が保ちづらいと考えられています。ボランティアは、無償労働で「Solidarity(連帯責任)」という考え方に頼ったものなので、いつやめられても文句は言えません。寄付も定期的に同じ額が入るとは限りません。ボランティアがいないこと・寄付がないことだってありえます。

 

そのような欠点から、社会の問題を持続的な方法で解決できる形の一つとして生み出されたのが、「Social enterprise (社会的企業)」です。

社会的な問題を解決するための企業で、経済的活動(売り買い)を通して、社会的な価値を生み出します。一般的な定義では、経済的活動によって得た利益を、事業に再投資し、株式による利益分配はしません。

社会的企業を起こす人を「Social entrepreneur(社会起業家)」と呼びます。

社会起業にまつわることを、普通の起業(entrepreneurship)と区別して、social entrepreneurshipと言います。

 

社会的起業の一例として、Big Issueビッグイシュー)を取り上げたいと思います。

これは、ホームレスの方に自社の雑誌を路上で売ってもらうというビジネスです。

最初は、1人10冊を無料でホームレスの方に提供し、1冊350円で売るので、全部売ると、ホームレスの方にとって3500円の収入になります。それを元手に1冊170円で仕入れて、350円で売り、180円の収入を得てもらう、という形です。

ここでは、ホームレス問題に取り組んでいます。ホームレスの方にお金や物資を渡すのではなく、雇用の機会を与えています。フードバンクや炊き出しなどで、物資を与えるだけでは、その日生き延びるだけで次につながりません。お金を直接渡しても、それが滞りなく続く保障はありません。しかし、雇用から収入を得ることによって、自らの手で物資を購入することができます。雑誌の仕入れ販売をしたことから、職業経験が得られ、次のチャンスにつながる可能性もあります。

また、雑誌も普通の雑誌とは違い、中身は様々で、社会問題について書かれてあったり、芸術について取り上げられていたり、もっと大きいスケールで言えば「人生で役に立つこと」「暮らしをゆたかにすること」とも言えます。

そして、ホームレスの方が雑誌を売ることで、道行く人々がホームレスの方と話す機会を得られ、ホームレスに対する見方を少しずつ変えていくこともビッグイシューの持つ社会的価値の一つと言えるでしょう。

参考:BIGISSUE日本版

 

ほかにも、フェアトレードを推進するビジネス、環境に優しい製品を作るビジネス、障がい者を雇ったビジネスなど、たくさんの事業があります。

 

普通のビジネスでも、フェアトレード製品・環境に優しい製品を作って売ることはできますし、実際フェアトレード製品を販売している小売業はありますよね。日本だと、一定の割合以上障がい者を雇うことは各企業における義務でもあります。

しかし、普通のビジネスと違うのが、株式分配を行わないこと、多くの場合は小規模のマイクロビジネスであること、そしてファイナンシャルモデルが以下の三形態であること

  • not-for-profit (寄付や補助金で回す)
  • hybrid(経済活動と寄付/補助金の両方で事業を回す)
  • social business(経済活動のみで事業を回す)

一つ目は、あまり既存のチャリティと変わらないのですが、social enterpriseの初期段階によくある形です。製品やサービスのもととなる物資や人を手にいれるために、最初に寄付や補助金をもらい、利益を得るまでそれでまかなうという形です。

日本のNPO法人は、social enterpriseの定義に当てはまるものがあります。

Non-Profit-Organisationというのは厳密には、利益を株式で再分配しないということであって、利益を出していないということではないのです。

(もちろん、利益を出さず、チャリティ団体のように寄付のみで活動を行っているところもあります。)

 

さて、社会的起業の説明が長くなりましたが、要するに、

  • 経済的活動を通して、社会的価値を生み出す事業を起こすこと。
  • 普通、利益は株式分配せず、事業に再投資。
  • マイクロビジネスであることが多い。
  • 寄付や助成金の力を借りることもある。

 

さて、その社会起業が宗教と、イスラムと何の関係があるねん?!!

それが私のリサーチのお題...というか、問いです。笑

 

私は、イスラム教がイギリスのムスリム社会起業家にどう影響を与えているのか調べています。究極、答えが「影響は全くない」でも構わないのです。

何を具体的に見ているかというと

 

では、次は調査方法について!

 

2. どんな方法で?

 

インタビューです。

だいたい30分から1時間ぐらい。

ムスリム社会起業家と、非ムスリム社会起業家に取材しました。

起業した人たちだけでなく、従業員の方にも取材しました。

4企業(ムスリム: 2, 非ムスリム: 2)で、9人です。

ムスリムと比べることで、ムスリムの特徴をあぶり出します。

 

3. なぜそれを卒論にしたのか?

学術的な理由と個人的な理由があげられます。

 

<学術的な理由>

端的に言うと、イスラムと社会起業の関係性について、今まであまり調べられてなかったから。詳しくは以下になります。めんどくさい場合は、個人的な理由までとばしてください。

 

もともと、資本主義つまりビジネスの始まりはある宗教だと、とある学者から言われておりました。

その宗教は、キリスト教プロテスタントです。

で、学者とは、マックス・ウェーバーというドイツ人の社会学者・哲学者・政治経済学者です。

彼は、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本で、プロテスタント、特にカルバニズム(カルバン派)の教えが資本主義の考え方につながったといいます。説明すると長くなるのですが、神に救われるという確信を持つために労働に励み、合理性を徹底し、かつカトリックと違って禁欲を重視していたため、得た利益と折り合いをつけるため、資本として再投資した、という観点でプロテスタントが資本主義につながったと言います。ウェーバーは、実際当時の資本家たちにプロテスタントが多かったと言います。すごく端折って説明したので気になる方はググってください。

ウェーバーは、他の宗教と資本主義・ビジネスとの関係性を明らかにするため、中国の儒教道教・インドのヒンドゥー教と仏教・ユダヤ教について調べており、イスラム教の調査を完了せず、他界しました。

Max Weber - Wikipedia

その後、多くの国に資本主義が普及し、ウェーバーの説が通用しないケースも現れました。そこで、今の学者は、宗教が現代の資本主義やビジネスにどう影響するのかということを調べています。特にイギリスやヨーロッパでは、キリスト教を信じる人が少なくなり、宗教そのものを信じる割合も減ってきていると言われています。そんな中でも、どれぐらい影響があるのかなど、調べている人がいます。

たとえば、宗教の考え方が、どう起業すること自体につながったのか、宗教の倫理が商品やサービスにどう影響しているか、考え方や経営方針にどう影響しているか...など。

しかし、調査対象が、普通のビジネスの起業家であることが多く、社会起業家が含まれていない文献が多いのが現状。

社会起業家が含まれている数少ないリサーチの一つで、Roundy et al. (forthcoming)が、アメリカの社会起業家50人にインタビューを行い、結果から「社会起業家の共通のモチベーションは、仕事と宗教をつなげたいという熱望からくる」と示しました。

また、Aziz and Mohammad (2015)は、「イスラム教とソーシャルビジネスは、親和性があり、イスラム教の教えに忠実でありながら、ソーシャルビジネスを実行することができる。」と言っています。

学術論文ではありませんが、ガーディアン紙で、イスラム教とソーシャルビジネスのつながりについて、さまざまな観点から、ムスリムの方がコメントしています。

www.theguardian.com

しかし、これら以外に宗教と社会起業家イスラム教と社会的起業の関係をリサーチしたものはなく、特にイギリスのムスリムに焦点を当てた研究はありません。

 ですから、私はそのギャップを埋めるために、イスラムと社会起業@UKのテーマにした卒論にしようと思いました。

 

次は、個人的な理由です。

 

<個人的な理由>

もともと、卒論でソーシャルビジネスについて何か書こうと思いました。

というのも、Enactusというソーシャルビジネスの学生団体に入っていて、ソーシャルビジネスという考え方が大好きになったからです。

そこで、ソーシャルビジネスについてググってたら、さっきのガーディアンの記事イスラム教とソーシャルビジネスの関係について書かれたのを見つけたので、これだと思い、調べ始めました。

 

なんで「イスラム教」で「これだ」と思ったのか。

もともと、宗教というものに小さい頃から関心を抱いていた気がします。

小中学生のころに近所の図書館に行き、旧約聖書新約聖書の簡易版を借りて読んでいました。おそらくこのころは、単にストーリーが面白かったのだと思います。

母親と叔母はキリスト教系の学校に通っていたのですが、同居している父方の祖父母は「宗教」と聞くと、新興宗教やカルトのせいか、悪いもののように話すことが多かったと思います。家には仏壇があり、月に一回お坊さんが来るのに。不思議でした。

私自身は、よくわかりません。公立の学校に通っていたので、宗教教育は受けていませんし、両親も特定の宗教に属していないと思います。神道や仏教の影響で、神様・仏様がいると思っていたときもあれば、神様やそういった類のものは人が作り出した想像のものでしかないと思っている無神論者の自分もいます。(都合がいいとかそういうコメントはなしで)

 

特に自分のスタンスを真剣に考え始めたのは、イスラム教の人と出会ったときでした。

 大学に行く前、IELTSでギリギリの点数をとったものの、英語が壊滅的だったので、1ヶ月間イギリスのリバプールに語学留学をしました。2014年5月から6月にかけてです。

ホームステイ先に、Mくんというサウジアラビアの留学生がいました。彼とは結構仲よかったのですが、彼の友達はアラブ人(中東・北アフリカ)ばかりで、授業のあとはMくんを含むアラブ人と遊んでいました。そのアラブ人はみんなムスリムでした。

そういや、ホストファミリーはフィリピン人のクリスチャンで、Mくんに加えて滞在していたベネズエラ人の留学生のGくんもクリスチャンでした。

たしか、一度MくんとGくんと話した時に「Satomiは何を信じてるんだ」と聞かれたんです。「何って...」答えられませんでした。「神を信じてるのか」と聞かれ、「いや、違う...」と言うと、「なんで?」と聞かれ、さらに困りました。「俺はアッラーを信じているんだ」「俺はGodだ」「Satomiのは何なんだ」まだ答えは出ていません。それから宗教を信じる人って、不思議だ、面白いと思うようになりました。もっと知りたいと思いました。

 

さらにイスラム教に関心を持ったのは、次の出来事がきっかけかと思われます。

Mくんの仲良しのアラブ人(これまたMくんなので、ヨルダンのMくんとしますが)、ヨルダンのMくんは、私に「Satomiはすごい良い子だから、ムスリムになるべきだと思う」と言いました。おそらく、私が真面目で勤勉なところを褒めたつもりなんでしょう。私はルールを守りますし、お酒を飲んで酔っ払うこともしません。でも、なんでムスリム?と思いました。私アラブ人ちゃうし、お父さんもお母さんもイスラム教は信じてへん...当時は不思議でした。「コーランは、英語も日本語もあるから読んでみたら」と言ってくれました。

純粋に、MくんやヨルダンのMくん、ほかのムスリムの友達のことをもっと理解したかったので、ネットでコーランを読み始めました。親には「変な宗教にハマったら困るからやめなさい」と言われましたが。

結局読んでいて、ムスリムになりたいとは思いませんでした。しかも、途中までしか読みませんでした。(日本語でもかなり難しい...ヨルダンのMくん、ごめん)

でも、コーランを読んで、その教えに従う、その教えを解釈し理解する、解釈を自分の生き方やものの見方に応用する...というのが、私の人生にはなくて面白く、コーランに書かれていることは、実生活に即するものが結構多いので、その点も面白かったと思います。

日本に一度戻ったあと、インドネシアの学生さんと交流する機会があったのですが、彼らもムスリムの学生がほとんどで、一緒に奈良へ観光に行ったときは、公園でお祈りをしていました。Mくんは一人で自室でやっていたので、このとき初めて見ました。

そして、渡英し大学に入ったあと、いろんなムスリムの人と会いました。インドネシアの学生さんはヒジャーブをかぶっていましたが、私の大の仲良しのコースメイトのムスリムの子はかぶっていません。アルジェリア人のハウスメイトもそうです。たまにかぶったり、かぶらなかったりするムスリムもいます。お酒を飲むムスリムもいます。

イギリスにいると、ヨーロッパでムスリムがどのように見られているのかということをよく考える機会があります。たとえば、隣国フランスでは、ブルカ(顔を覆うスカーフ)を公共の場所で禁じています。

www.bbc.com

社会学移民問題の勉強やイスラムフォビアの勉強をしたのですが、ムスリムと地域の文化的習慣をごちゃまぜにした偏見がはびこっていること、9/11以降一部のムスリムを名乗るテロリストによってムスリム全体の誤解を生んでいること、そうした偏見や誤解をもとにしたムスリムがターゲットの人種差別について知りました。

日本でも、ジャーナリストの後藤健二さんがイスラム国の人質となり、殺されてしまったとき、在日ムスリムには攻撃的な態度が向けられたと聞きました。

 

また、最近では、アフリカのムスリムセクシュアルマイノリティであるせいで自国で法的迫害を受ける危険があり、ムスリムをやめ、アメリカに亡命するということもあります。

www.bbc.com

 

すごく長くなりましたが、そんなこんなで気づけば、どの宗教の人よりもムスリムに関心を寄せていました。

そうした好奇心が、卒論のテーマにつながったのだと思います。

 

今日は、ブダペストで、ケバブ屋を横目に見ながら、キリスト教の大聖堂、ユダヤ教シナゴーグに行きました。

今のところ特定の宗教には属さないけど、いろいろもんもんと一人で考えていました。

 

 

気づいたら7100字以上書いてました...

最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m

大変恐縮です。