日本イヤイヤ期

 

今の気持ちを整理するために、記録のために、書き残しておこうと思う(はてブは◯年前に書いた記事をメールでリマインドしてくれるのだ)。

 

 

日本に帰ってきて、1ヶ月以上が経った。

2週間後には卒業式でイギリスにいる。

 

あれほど日本に帰りたいと切望していた私が、日本が嫌でたまらなくなったのだ。

 

デビットカードがなかったり、カードを受け付けてないところが多かったりするのはわかってた。

役所がネットやパソコンに弱いことも知ってた。

 

そういう不満は、留学経験者や海外在住経験者と気がすむまで愚痴りあう。

それで済むと思ってたけど、意外とそうでもなかった。

 

 

私は、6月ー9月の4ヶ月間、卒業式と上海研修以外はすることがなかったので、とりあえずお金を稼いで、好きなことにそのお金を使おうと思った。

 

だが、人手不足と言われている世の中に反し、コンビニの定員など、よくあるパートタイムの仕事に応募しても断られ続けた。

理由は明快で合理的だ。短期間しか働けないこと・卒業式や上海研修のせいで毎週働くことができないこと。

それは理解できたので、悔しいと思いつつ、現実を認めた。

ちなみに、派遣も探したが、同じように定期的に働けないとのことで案件がなかった。

 

そこで、SNSで仕事を探していると表明し、今持っている自分のスキルを使って、業務委託を始めた。

たとえば、安くクオリティーをそんなに重視しない翻訳(プロに頼むほどではないけど、グーグルよりは良い)・簡単なWeb入力・リサーチ・カテキョ・子供の世話など。

そしたら、割と仕事をちょこちょこ頼んでくださる人が現れて、助かった。

 

ベビーシッターも始めた。

キッズラインというオンラインで登録して、マッチングをするベビーシッター業務。

子供が可愛いので楽しい。

 

 

仕事見つかった、お金も入る、良し良しと思っていたのだが

 

なんだか疲れてきた。

 

もちろん、先日の大雨や、日本の暑さにやられているのもある。

 

ただ、身内や友達以外の、日常の些細な瞬間に出会う人々の一部に辟易することがある。

 

たとえば、デパートの美容部員さん。

自分の欲しい化粧品以外のものをたくさん勧めてくるのは全然構わないし、商売なのだから普通のことだと思ってる(一方でイギリス人の美容部員さんは、押しが強くないので、大丈夫かと思うときもある)。

私は基本的に仕事のオン・オフが決まっていないので、混雑している休日より平日に買い物をする。

「今日はお休みなんですか?」「どんなお仕事されているんですか?」

回答に困るし、一番わかりやすい「ベビーシッター」と答えると、自分の知ってるパターンに当てはまらないのか、「保育士じゃないのか」「常勤じゃないのか」といろいろ探られる。

私にはそれが不愉快だ。

 

私はニートではないけど、フリーターみたいな働き方をしている。ただ、いわゆるバイトやパートじゃないから、決まった時間に働くということがない。

これは別に私だけに限ったことではなく、世の中には多くの人々が非正規雇用と呼ばれる形で働いており、その中には不定期で働く人もいる。

個人事業主とも言えるフリーランサーと呼ばれる人たちもおり、彼ら彼女らの働き方は個々人で全然違う。

会社に勤める人でも、休みが土日と限らない。

多様性云々言われる前から、働き方は多様だ。だから、たとえば、9-5時に働く人が働いていない時間でも様々なサービスを使うことができ、世の中便利なのだと思う。

私がやっているベビーシッターも、フルタイムの人を支えるための仕事だ。

 

ときには、どのような仕事をしているのか言いたくない人もいるだろう。

 

私からすれば、彼ら彼女らは少し踏み込み過ぎなのだ。別に職業のことを話す必要はない。イギリスでは〜って言うのが嫌いなので、イギリス人の例はあげないけれど、黙っておくか、季節や天気のネタでも話しておけば丸くおさまるのだ。

 

自分が今まで行った美容院のうちのいくつかだと、初めて来店したときは、最初のヒアリングシートで「施術中に話しかけられたいか・そうでないか」の項目があった。

「いちいちコスメのカウンターでそれをやってられっか」ってなると思うので、ここまでは求めないけど。

 

とにかく、自分は不愉快なので、そのうちデパートには打診してみようと思うけれど、文句言うなら来るなということにもなるかもということは留めておく。

 

 

ところで、ベビーシッターの仕事は、子供が可愛いので、子供が好きな私は楽しい。

親御さんとのコミュニケーションがとても大事な仕事だ。

彼ら彼女らの要望通りにお子さんの面倒を見なければならない。

なので、そういった逐一の要望を叶えるために、コミュニケーションをとり、お互いに理解し合うのが重要だ。

 

が、実際、子供を預かる時や引き渡す時に、要望など必要事項以外に、世間話もついてくる。

別に天気の話だったらいいのだ。今日は暑いですね、とか。

 

年齢、ベビーシッターの仕事以外に何をしているか、学校はちゃんと卒業したのか...

いろいろ詮索してくる人は多い。

22歳というと、大学卒業したの?とか、普段何してるんですか?とか。

10月から就職というと、どんな会社か?とも聞かれる。

自分の大切なお子さんを預けるわけだから、変な人でないか確かめたいのだろう。

 

だが、もし彼ら彼女らの想定するまともな人が大卒フルタイムなら、そういう人たちはこの仕事をやってない。

 

中には、専業主婦をしていて、子供がもう自立したから、ということでシッターを始める方もいるので、それに比べると信用度が下がるのはわかる。(主婦だった方々に比べると、若くて経験値も少ないし)

*ちなみに、オンラインで登録している際、私は大卒であることは明記している。

 

逆に大卒でやっているから変に思われているかもしれない。

 

あのベビーシッターの登録サイトをフィルタリングしていくと、まともな人は、専業主婦からシッターを始めた人ぐらいしか残らないと思う。

フルタイムで子供の面倒を見たい人は、保育士や幼稚園の先生、学童保育のスタッフになっているだろう。

 

あなたたちが、子供の心配をせず、フルタイムで働けてるのは、こういった典型的なパターンに当てはまらない人たちのおかげですよと言いたくなるのをいつも抑えてる。

 

お金をもらっているので、我慢しているが。。。

 

 

これは私というより、親や祖父母が、なのだけど

私が何大学に行ったかということをよく詮索される。

 

大学に行ったという事実で満足できない人々がいる。

 

マウンティングをとりたいのかなんなのか、よくわからないけれど、しょうもない。

 

 

とにかく、私が社会の中でどういったポジションにいるのか詮索したり、プライバシーに踏み込んできたり。

もっとまともな話ができないのか、と思う。

 

気にしないのが一番なのかもしれないけれど、イギリスの無関心カスタマーサービスを経験して帰ってきたので、気に障ってしまったのだ。

 

 

あと、ありがとうが少ないことも気になっている。

 

自分の見た範囲に限ったことだが、ありがとう・ごちそうさまなど、言わない人が多い。

 

私は相手から希望のサービスが仮にもらえなかったとしても、(ベストを尽くしてくれて)ありがとうございますという。

たとえば、役所で年金関連の手続きをしようとしたところ、それは役所ではなく年金事務所でしなければならないとのことだった。

役所の年金担当の方が、申し訳ございませんと何回も謝ってくれた。

年金事務所の場所が書いてある地図と電話番号もくれた。

私は、彼女は対応できなかったけど、そうやってベストを尽くしてくださったことに対して、ありがとうございますと言った。

その感謝の言葉に対して、向こうはすごく驚いた様子だったのだが、私はこれぐらい当たり前だと思う。

 

バスで降りるときも、ありがとうございますを言うのは当然だし、

外食で、ごちそうさまでしたを言うのも当然だ。たとえ美味しくなくても。

コンビニで会計をしたときも、ありがとうございますと言う。

電話で何か問い合わせをしたときもそう。

 

言わないことにすごく違和感を感じてしまう。

 

さらに残念だったのは、サウサンプトンの友達が日本に遊びに来て、急に態度が変わったことだ。

イギリスだったら、Thank youとよく言ってくれた子たちが、日本に来て、私に観光プランを任せっきりにして、Thank youと一度も言わない。楽しかったー!しか言わない。

なぜかはよくわからないのだけど、とにかく言わない。

イギリスでも言わない派だったのなら、態度が一貫してるけど、日本に来た時だけ言わないのは、なぜ?

 

 

最後に、交渉しない人々が理解できない。

 

部屋を契約する際に、賃貸物件ではあるけど、火災保険に入る必要がある。自分の家財・借家賠償責任のための保険だ。

 

たいてい、賃貸主が特定の保険を勧めてくる。

が、そもそも保険のこともよく知らなかったし、保険はいくつかの選択肢がある。すぐにその保険に加入せず、ネットで調べた。

すると、賃貸主に勧められた保険に必ずしも入らなくて良いと言うではないか。

そもそも賃貸主が勧める動機としては、賃貸主が代理店になっており、営業マージンが入ってくる仕組みがあるから。

 

最初、お世話になっている仲介の不動産屋に、他の保険で代用していいかと聞くと、基本的には勧められている保険に入らなければいけないと言う。

え、それって消費者の権利の侵害じゃん...

 

とりあえず、周りの人がどうしているのか聞いてみたら、みんな勧められた保険にそのまま加入していた。

人によっては、交渉している暇がなかった可能性が高く、時間を買ったと思える。

が、時間が十分にあった人でも、勧められた保険に疑わずに加入していた。

 

結局、不動産屋が賃貸主である管理会社に聞いてみたところ、他の保険での代用で問題なかった。

なんだ、やっぱりできるじゃん。

 

ということで、安い身の丈にあった保険を探し始めた。

インターネットで見積もりがとれるところもあれば、電話での簡単な見積もり、代理店まで出向かなければいけないところもあった。

インターネットで加入までできるところもあれば、代理店で契約しなければいけないところもある。(後者がほとんど)

 

結果、22,000円(2年)→ 6000円(1年)になった。

なぜ、1年分にしたかというと、その保険が合わないと思った時にすぐ変える決断ができるだろうと思ったから。

22,000円の保険は家財の補償の限度額が4000円の保険より100万円分高かったが、一人暮らしの家財を考えると、そこまでいらないし...

 

ちょっとした交渉でここまで節約できたのは大きい。この差額をドブに捨ててるのがちょっと理解できない...限度額もカバーしてる範囲もそんなに変わらない。

地震保険にいたっては、賃貸の借家人だと家財の補償ぐらいしか有効にならないので、そこまでして必要かどうかはわからない。(管理会社が建物自体に保険を掛けているはずなので)

 

てなわけで、わけわからん。

 

ただ、お金で時間を買うという発想はありだと思う。

勧められた保険は、ネットでIDを入力するだけで、すぐ加入できたので、時間がない人にはありがたいだろう。

(6000円のやつも、ライフネット生命みたいにネットですぐ加入できたが)

 

 

まとめ

 

プライバシーの侵害してくんな、ぼけ

フルタイム以外の働き方を知れよ、ぼけ

ありがとうを言えよ、ぼけ

疑えよ、交渉しろよ、ぼけ

 

以上

 

やっとやっと自信がついた

 

私は完璧主義で...って前から言ってると思うから、もう知ってる人も多いと思うんだけど、ほんとにいつまでたっても自信つかないんだ。

 

少しづつ、少しづつはついてるけど、いつまでたっても渇望してる。

ポジティブシンカーの人たちからしたら、殴りたくなるかもしれない。

 

でも、やっと自信ついたかもって言えるような出来事があった。

 

 

先日、7月28日夜に大学の成績発表があった。

卒業できるかどうかと最終成績がわかる。

 

私は、卒業できるだろうとは思っていたけど、最終の成績には自信がなかった。

2:1もらえるかなぁ...みたいな。

 

完璧主義なので、自分に2:1でも十分ええやんと言い聞かせながら、ほんとはFirstがほしかった。

 

 

蓋を開けてみた。22時半。

ちょうど日本対ポーランド戦開始の直前だった。

 

卒業論文がFirst。ほかにもいくつかFirstがあった。

 

さらには

Your Faculty is recommending to the Senate of the University of Southampton that you be awarded the following:

First Class Honours 

 

まさかの最終成績もFirstで、First Class Honoursがもらえる。

 

そばにいた両親にすぐ伝えた。SNSでも報告した。

 

信じられなかった。

 

It was exactly the moment I got to know my efforts paid off.

 

 

嬉しくて仕方がなかった。興奮鳴り止まぬまま、ポーランド戦を観戦。

 

ポーランド戦を観戦していると、もう一通、教務課からメールがきた。

 

序文が長く、「とりあえずおめでとうって言ってくれてるのかな...」と読んでいくと

 

On behalf of the Faculty, we are also delighted to inform you that your outstanding performance means you have been awarded the Dean’s List Award.  We will have a letter of commendation and a certificate signed by the Dean waiting for you in the Student Office for when you attend Graduation. The reason for your Dean's List Award was an outstanding performance in Part III and in your degree programme overall.

 

ええええええええ

 

Dean's List Award!?

 

この私が!? 本当にびっくりだった。

 

そもそも、Dean's Listが存在することすら知らなかった私。

 

親友に報告したら、彼も知らなくてググってくれたけど、結局criteriaは不明。

UCLやImperialによると、First Class Honoursでなおかつ学科のトップ5-10%だそうな。

アメリカの大学に行った人でDean's Listに入ってる人が周りにいたから、てっきりアメリカだけのものかと思ってた。笑

 

 

その日はずっと興奮していて、夜遅くまで寝られなかった。

 

ちょっと落ち着いて、今振り返ると、この結果はすごく自信につながった。

 

 

実はその日に、お世話になったインターナショナルオフィスの人がメッセージをくれて、報告したときにくれた返事で気付いたことがあった。

 

まず、おめでとうって言ってもらえて、そのあと、「いろいろ大変なことあったね」と。

 

彼女は、私がうつになったことや、某学部とトラブルになったこともよく知ってる。

いつも相談する人だったのだ。

 

"....You were in such bad mental state, but you still managed a First. Incredible!!"

と言ってくださった。

 

そういえば、そうだったんだよなぁ。

うつ病なったり、うまくいかなかったこといっぱいあった。

 

でも、やりきったし、FirstもDean's Listもとれた。

自分よくやったやんって強く思うことができた。

 

言ってしまえば、サウサンプトン社会学なんてレベル全然なんだけど、それでも英語力そこそこの、クリティカルシンキングぼちぼちの私がこの結果を出せたことは、素直に喜びたい。

 

これからしんどくてもなんとかなるやろってボソっと言える自信はついた。

 

 

よく考えたら、自信が少しついた瞬間というのは、今までなかったわけではない。

 

自分で企画した募金活動で、400ポンド以上の寄付ができたとき。

 

EnactusでBest New Member Awardをもらったとき。

 

10月からお世話になる職場(日本国内)から内定が出たとき。

 

Social Enterpriseの授業の最終プレゼンで優勝したとき。

 

Dissertation Poster Competitionで賞をもらったとき。

 

Business Innovation Programmeで、プレゼンと資料を褒められたとき。

 

 

でも、自分が4年間こつこつ積み上げてきた勉強でこのような結果が出せたのは大きな自信につながった。

 

ほんとによかった。

 

留学して、メンタルズタズタにされることもあったけど、自信もついた。

 

改めて、留学してよかった。

 

 

今月の下旬に、卒業式に出席するため、家族みんなでイギリスに行く。

 

ローブやハットのレンタルも予約した。(さようなら44ポンド)

 

式に出て、コースの友達に会うのも楽しみだし、さっきのDean's List Awardをもらうのも楽しみ。

 

あとは、家族を卒論ポスターが飾られてるところに連れて行きたい。

 

いっぱい写真も撮る。ハットも投げる!笑

 

 

 

4年間の大学生活が終わってしまった

お久しぶりです。

前回の投稿からしばらく経ちました。

5月22日に最後のプレゼンテーションを終えました。

ほんとにもうすぐですが、29日朝にパリ経由で実家の大阪まで帰ります!

本当はリサーチアシスタントの仕事が残っているのですが、引越しでドタバタなので日本に帰ってからサクッと終わらせたいと思います。

 

小学校・中学校・高校があっという間だったように、大学学部もあっという間でした。

ほんとにいろんなことがありすぎて整理しきれないんですが、お友達とのお別れの挨拶をするたび気づくのですが、大学生活で得たものの中で一番の財産はここで出会った人たちだなと。

もちろん、英語は上達したし、物事の見方も変わったというか、いろんな見方ができるようになりました。昔より、柔らかくなった気がします。ストレスコントロールも少しづつ上達してきたし、いろんな成長がありました。

でも、そういった成長って、ここで出会ういろんな人たちのおかげだなと思ってます。

みんなは気づいてるかわからないけれど、ずっと当然のように持っていた自分の価値観や考え方に挑戦してくれたり、批判的に新しい考え方をもたらしてくれたりしました。そういった考えのぶつけ合いは、(ぶつけるまでいかなくとも)チャレンジングで刺激的です。

それから、向こうが別にすごいとかじゃなくて、むしろわけわかんなくて、私や友達からすればあきらかにおかしいでしょって人もたくさんいて、イライラすることもあったけど、そういう人にいっぱい出会ったから、これからどうやって対処すればいいかを学べました。(わかる人には何のことを指しているのかわかるはず)

常に他人から学ぶものがありました。

そして、大学や出会った人たちが、様々な機会を与えてくれて、自分の力を試したり、スキルを向上したりすることができました。学校のカリキュラムもそうだし、それ以外のオンキャンパス・オフキャンパスの企画もそうです。

さらに、こうしたチャレンジングな状況で、辛抱強く見守ってくれる人や、支えてくれる人にもたくさん出会えて、ラッキーでした。

ここで出会った人たちのおかげで、人間としても成長できたし、豊かな学生生活を送ることができました。中には親友と呼べる友達も何人かできて、卒業した人もいるけど、今でも連絡を取り合ったり、休暇を利用して会ったりする仲です。

 

劇的に人生を変えた人がいるわけではないけれど、出会った人それぞれが何かしらの影響を及ぼしてくれて、たくさんの小さな化学反応が起こった感じ。

 

出会った人って別にオフラインに限らず、オンラインからの人もいます。

日本人海外大生のコネクションにも感謝してます。FacebookTwitterと...最近は便利すぎ。オンラインで知り合って、実際に会うということがめちゃくちゃ増えました。ひと昔前ならこんなことありえないんですが、オンラインで始まった人でも、たくさん大事な人がいて、オンラインの力舐めてはいけないなーと。仮に会ったことのない人でも、ソーシャルメディアを通して、イギリス・アメリカ・オーストラリアなどで頑張ってる様子を知り、刺激を受けることができました。

 

留学ってなると、英語力伸ばさなきゃとか、専門知識・経験蓄積しなきゃとか、すごい面白いことしなきゃとか、周りの日本人とは違う人間にならなきゃとか、いろいろ考えちゃうと思うんです。

別にいいと思うんだけど、結局振り返ったら、私は人が一番心に残ってました。

だって、私たちが生きてるのは社会だもの。いろんな経験や学習があると思うけど、結局そのもとになるものやそれ自体、人が社会的に作り出してるものが多いと思います。

 

出費はものすごいし、リターンに見合うかどうか聞かれたら、合理的にはNoと答えざるをえないけど、でも人ってプライシングできるものだろうかって考え始めたら、わからなくなる。

後悔は全くないし、ここに来て良かったなーと心から思ってます。

 

このブログは日本語だから、日本人しかほぼ読めないけど、オンライン・オフラインでお世話になった皆さまありがとうございました。これからも引き続きよろしくおねがいします :) 

Easter休暇に読んだ本たち

 

卒論執筆が一段落したのち、本を読みまくりました。すべて和書です。

買って読んでなかったものもあれば、新しく買ったものも。特に面白かった本8冊を紹介します。

 

1. 佐々木芽生「おクジラさま ふたつの正義の物語」

在米邦人の著者が、『The Cove』というアメリカ人による、太地町で行われている日本のイルカ漁についてのドキュメンタリー映画を見たのが始まり。著者は、その映画に含まれる視点の偏りに疑問を持ち、捕鯨・イルカ漁賛成派と反対派の両者を取材したバランスのあるドキュメンタリー映画を作ろうとする。

私が面白いと思ったのは、まず、単に漁師さんと反対派のアメリカ人活動家の方を取材するのではなく、さらに幅広い分野の方々を訪ね、多角的な映画を作ろうとしていること。その中でも私のお気に入りの人物は、文化人類学専攻だったアメリカ人ジャーナリスト。アメリカ人活動家の側につくわけでもなく、漁師さんの側につくわけでもなく、お互いを理解しようと、対話をしようと努める。アプローチが、文化人類学っぽいなぁって思わせるところもあるから、好きなのかも。

そして、今大学で社会運動(social movement)について学んでいるというのもあって、反捕鯨派の戦略の分析が細かくされているのもよかったかな。どうメディアを動かすのか、などは今までに読んだ論文と一致するところもあり、アカデミックな面からも楽しく読めた。

おクジラさま ふたつの正義の物語

おクジラさま ふたつの正義の物語

 

 東えりかさんによる素晴らしいレビューがHONZに載ってます。

honz.jp

 

2. 宮下洋一「安楽死を遂げるまで」

高校生のころから興味のあったトピック。高校生の時、医療のcontroversialな話題にすごく興味があった。いわゆる医療倫理。ベタだけど、臓器移植・代理母出産・デザイナーベイビー。安楽死もその一つ。今までは個々のエピソード(オランダやベルギーの例)をネットで拾って読むだけだったんだけど、ついに本を一冊読むことにした。

スペイン在住ジャーナリストの著者は、スイスを皮切りに、オランダ、ベルギー、アメリカ、スペイン、日本へ取材をする。国が変わるごとに、法律、文化、概念などの違いが浮き上がってくる。

この本を読んで、自分の知識がいかに浅はかなものだったかと思い知った。今まで断片的に情報を拾ってきただけだったので、安楽死の中の多様性みたいなものに気がつかなかった。安楽死と言っても、治療をやめることだけではないし、「誰がその命に手をかけるのか」で変わってくる。そして、方法によっては、瞬く間に息をひきとる人もあれば、30分〜1時間苦しみ続けて亡くなる人もいる。安楽死を許されるのは誰か。安楽死を決めていいのは誰か。安楽死尊厳死?自殺?とにかく、さまざまな線引きがありつつも、まだクリアにはなっていない部分も多い。

興味深いケースがいくつかあったのだけれど、いちばん心に残っているのは精神病の患者さんが安楽死を求めている場合。よくあるのは、癌や不治の病で治療してもずっと苦しいだけ、最後は植物人間に...なんてこともあったりするから、もう生を終わらせたいという人たち。けれど、本書で取り扱われている精神病の患者さんのケースは、「痛み」って本当に身体だけ?でも、どうやって測るの?という疑問を突きつけられる。精神病の患者さんが自殺という形で自ら命を絶つことは珍しくないため、安楽死を許すとそのような自殺を促しているだけではないか、という意見もある。しかし、本書のベルギーのケース(安楽死はしなかったが、求めていた)は、典型的な精神病のイメージすら覆される。

しばらく、医療倫理の問題に触れていなかったけど、またわくわくしてきた。

安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで

 

 

3. 杉原淳一/染原睦美「誰がアパレルを殺すのか」

つい1年前までは、アパレル業界には興味があり、アパレルメーカーか商社に入ってサプライチェーンに携わりたいと思ってたぐらい。この本を手に取らないはずがない。笑

従来の百貨店・ショッピングセンター型では上手くいかない...ユニクロを表面的に真似しても通用しない...ITを上手く利用すること・発想を転換させること・ライバルはアマゾンやスタートアップだと認識することが必要になるのだと示唆されている。

この本を読むと、地元に4年前ぐらいにできた某大型ショッピングセンターがばかばかしく思えてくる。この本で書かれている失敗を繰り返すだけではないか...と。実際行ってみたけれど、なんかぱっとしないなぁと思ってた。

つい先日ZOZOTOWNのサイトを始めて使ってみて(購入はしていないけど)感動したばかりだったけど、もちろん載っていた。ほかにも、アメリカのスタートアップの例なども載っており、私は何年ぐらい遅れているのだろうと思った。笑

しかし、どれだけ「これがすごい」「あれがすごい」と言われても、試してみるまではなんとも言えないかな。

誰がアパレルを殺すのか

誰がアパレルを殺すのか

 

 

 4. 吉田潮「産まないことは『逃げ』ですか?」

手に取るのは少し早かっただろうか、そんな気もするけど読んでみた。

「女性はライフイベントがあるからね」「女性は結婚・出産があるでしょ」と当たり前のように言われる@就活

私は子どもが欲しいのかよくわからない。子どもは好きだけど。とりあえず、誰かの話をゆるく聞くつもりで読んでみた。

子供のいない著者。結婚、離婚、再婚、いわゆる妊活や不妊治療を経験してきた。子どもは好きじゃない...なのに「子どもが欲しい」と思うときが著者にもあった。必死になって、ちまちま基礎体温計ったり、不妊治療に何十万円もかけたり。著者は、「夫とのつながりを求めたがゆえに子どもが欲しかった」と気づく。そんな人が他にもいるのではないか。また、著者は女性間での子どもいるいないでのマウンティングにも触れる。

子どものほしい・いらないって、どんな感情が織り込まれているのだろう?ちょっとそれが垣間見えた気がした。

産まないことは「逃げ」ですか?

産まないことは「逃げ」ですか?

 

 

5. ドゥニア・ブザール「家族をテロリストにしないために -イスラムセクト感化防止センターの証言」

著者はフランスの文化人類学者。イスラム国やアルカイダに誘われ、激戦地に赴いてしまう若者(本書ではジハーディストと呼ぶ)を止めるのが仕事。一般の人やメディアはよく理解していないために、ジハーディストの特徴について誤解がある。実際は、ムスリムだけではないし、低所得者層とは限らない。中にはユダヤ教信者だっている。テロリストの巧みな戦略を分析し、どんなタイミングでどのような方法を用いて若者達を止めるか。幻術を解くかのように、パチンとすれば、もとの自分に戻るわけでもない。家族や親の期待とすれ違うことだってある。そんなセンシティブでデリケートなプロセスに最前線で取り組むのが著者。

文化人類学者って、こんな仕事にも応用できるのかと感心したのがまず一つ。もちろん、文化人類学者みんながみんな、こんな大変な仕事をできるわけではないけれど。ただの心理学のカウンセラーではできないけれど、文化人類学者の彼女だからこそできるのは、読んでいくうちになんとなくわかる。私個人の見解だけれど、文化人類学者ってある文化のシステムに溶け込み、その中である程度の客観性を保ち、分析するのがうまい。人にもよるけど。先述の「おクジラさま〜」に出てくるジャーナリストの人もそう。このフランス人文化人類学者の場合とはコンテクストが全然違うけれど、本質みたいなものは似てるかな。

彼女のおかげで、我を取り戻した若者もたくさんいるけれど、失敗もあった。この本では、その失敗のケースも扱う。これまた衝撃的なケースだけれど、ネタバレになるから控えておく。

家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言

家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言

 

 

 6. 長尾彰「『完璧なリーダー』は、もういらない。」

本書は、宇宙兄弟という漫画の登場人物とエピソードを例に挙げ、どんなリーダーが効果的なのかについて論じている。著者の考える効果的なリーダー像と従来の理想とされてきたリーダー像を比較しながら書いており、わかりやすい構造の文章だ。宇宙兄弟の主人公の六太が実は著者の考えるリーダーなのである。宇宙兄弟を読んだことのある人からすれば、びっくりするかもしれない。

私は宇宙兄弟という漫画が好きなのでついつい買ってしまったが、騙されたと思って読んでみたら、すごくわかりやすくて良かった。自分には「リーダーシップがある」と思ってる人・「リーダーには向いてない」と思ってる人に読んでほしいなと思う本。

宇宙兄弟 「完璧なリーダー」は、もういらない。

宇宙兄弟 「完璧なリーダー」は、もういらない。

 

 

 7. 平良愛香「あなたが気づかないだけで神様もゲイもいつもあなたのそばにいる」

 日本人のゲイの牧師さんの自伝。沖縄で牧師の子供として生まれた著者は、どうやってゲイのアイデンティティを確立してきたのか、どう彼の信じる神と向き合ってきたのか、どのようなプロセスを経て牧師になったのか。キリスト教と性や同性愛の関係性についても議論している。

大学2年目始まる前に出会っていたら良かったなぁと思った本。(2年目にセクシュアリティの授業があり、キリスト教に関するところが難しかった)

私が、彼の考え方で一つとても気に入っているものがある。それは、どの人も100%異性が好き、100%同性が好き、100%両性が好きというわけではなく、グラデーションのようなものなのだということ。これがすごく腑に落ちたのだ。私は人生のうちで1回か2回女性に恋愛感情を抱いたことがある。それをほとんど誰にも言ったことがないけど、自分はもしかするとバイなのかなとずっと考えてた。しかし、彼の考え方に沿うと、ストレート・ゲイ・レズ・バイ...といったラベルにわざわざ合わせなくてもいいような気がする。これが心地よかった。

あなたが気づかないだけで神様もゲイもいつもあなたのそばにいる

あなたが気づかないだけで神様もゲイもいつもあなたのそばにいる

 

 

8. いとうせいこう「『国境なき医師団』を見に行く」 

 著者はジャーナリストではなく作家として国境なき医師団をハイチ・フィリピン・ギリシャウガンダにて取材。現地で奮闘する日本人・それ以外のスタッフ、現地で彼らから医療サービスを受ける人々にインタビューをしたり、活動を観察したり。

私は著者を「フリースタイルラップバトル」の審査員としてよく見ていたのと、これが初めて読む彼の作品だったので、イメージの違いに戸惑うと思いきや、Zeebra(ヒップホップ業界の超大物)の話や著者自身の音楽についても出てくるので、すんなり読めた。著者の文章のスタイルも、直感的に好き。彼が現地でスタッフや患者さんと話しているのが生き生きと伝わってくる。

最近、ソーシャルビジネスに傾倒しすぎてて、プロフェッショナルのNGOを見誤っていたのではないかと思った。チャリティ活動はunsustainableだ、と一括りにしてしまっていた気がする。もちろん寄付があるから成り立つのには変わりがないけれど、どのようにすれば、現地の人たちが国境なき医師団なしで自分たちで医療を回していけるのか、ということを、彼らは真剣に考えているのだ。当たり前だろって思うかもしれないけど、ソーシャルビジネスサイドに傾倒しすぎて、チャリティやNGOは助けてばかりで自立どころか依存を生み出すんだっていう思い込みができてしまっていた。私個人的には、サードセクターを考え直すのにいいきっかけの本だった。

「国境なき医師団」を見に行く

「国境なき医師団」を見に行く

 

 

いろいろ読みつつ、やっぱり自分の専攻に近いものに傾倒していることがわかりました。笑

これからもまた本を紹介していきたいと思います。

 

 

小学生時代を思い出す

クレタ島イラクリオンに来てから、蚊とダニに刺されまくってます。

刺されるんだったら、イギリスに帰りたい笑

 

思い出シリーズなのか、今日は小学生時代を思い出しておりました。

 

ちなみに、良くない思い出ですね。思い出すだけではらわた煮えくり返ってくる。

 

私は、荒んだ小学校にいました。いや、末の弟のときはひどくなかったから私の学年が荒れてたという方が正しいですね。クラスが2つしかないような小さい小学校。田舎者なんです、はい。

 

私って、マイペースで浮いてる感じの子供だったので(今もだけど)、いじめの対象によくなってました。同級生の女の子とはそれなりに仲良くしていましたが、男の子からはいじめられていました。

 

なにかといちゃもんつけられたり、読書タイムのために持参した本(イキってたので、東野圭吾の小説を読んでた)を投げ捨てられたり。

近所の同級生の男の子(その子もいじめられてた)とチューしてたとかいう、ガセネタが回ったり。

どんなにいやがらせしても、成績は一番だったので、気に食わないと思ってた子は多かった。

平気で嫌だっていうし、暴力を振ろうと思えばできる子で、いわゆる「女の子」に当てはまらなかったから、ターゲットにされた。

真ん中の弟には自閉症・知的障害があって、末の弟はちょっとトロいというか、まぁ周りが見えてないことも多かったから、私たち三人姉弟のことを、まとめて「ガイジ」だと呼んだやつがいた。

当時は、好きな漫画・アニメと塾がなければ、自殺未遂をしていたと思う。家族のことを考えたら、死ねはしなかっただろうけど。自殺は考えた。

そういう小学校時代(特に高学年)でした。

 

こうした嫌がらせの中で、ひとつ誰にも言えなかったものがあります。

それは、セクハラ的な言葉のいやがらせでした。

 

小学校高学年のとき、漫画とアニメに夢中でした。母がNARUTOを誕生日に買ってくれたのがオタクへの道の始まりだったと思います。(もともと少女漫画は読んでたけど)

同級生でそこまでオタクの人はいなかったと思います。(誰も理解してくれなかった)

そんな私は現実の男子より二次元のかっこいい男子キャラクターの方に夢中でした。

当時、漫画を真似して描いてることもよくあって、それをみんな知ってました。

 

そしたら、同級生男子何人かに

「(推しキャラ)とセックスしたいん?」って何度も聞かれました。

これがすごく嫌だった。いろんな理屈抜きで不快だった。

この年頃の男子って性的なものに目覚めて、しゃべらずにはいられないんだろうけどさ。ほんと、気分悪かった。

彼らだけでさ「おっぱ〜い」とか言うんだったら、勝手にしといてって感じだけど、私にわざわざセックスの話するのはアウトじゃね?

頑張って無視してたけど、無視してもやめないし、やめてって言ってもやめないし。思い出すだけ辛い。

 

でも、これを先生や親には言えませんでした。「セックス」って言うの恥ずかしいし、性的なものについて喋っちゃだめなんだと勝手に思ってたんだと思います。

本心としては、先生に気づいてほしかったし、察して欲しかった。

でも、担任の先生ってズボラな定年前のおばちゃんだったんですよ。今考えたら察するとか無理。だって、

「さとみが嫌って言わないからそうなるのよ」もしくは「無視しないからそうなるのよ」って言っちゃう人だし。

いや、私両方してるけど、それでも変わらんやん。。。

 

今となっては、担任がどんな人かに限らず、「察してください」はだめだと思いますね。

 

きちんと言うべきだったと思います。

実際に言って、状況が変わったかどうかはわからないけどね。

 

できれば、学校側がきちんと道徳教育や性教育をしてほしかったです。

でも、私がこの問題について誰にも言わなかったから、きっかけすら生まれなかったんだろうな。

 

ああ、悪い芽は早めにつぶしとかないとって思います。

こういう小さい頃の誤りが改善されずに大人になって、平気でセクハラかますんだろうな...

もちろん、大人になる途中で「あれはしてはいけないことだったんだ」って気づける学びがあれば、そんなことはないですけど。

 

そう思うと、大人の腫瘍摘出も大事だけど、再生産を防ぐためにも子供への教育も必要だな...

 

私が、自分の経験から若い世代に伝えるとしたら

・「気づいて欲しい」は通用しないから、ちゃんとはっきり言う(口で言いづらいときは、手紙でもいい)

・嫌だと思ったら嫌とはっきり言って、起きた嫌なことを信用できる大人にも伝える

・性について話すことは恥ずかしいことではない

・性について全く喋っちゃだめではないけど、相手を嫌な気持ちにさせるものはだめ

・相手が嫌だと言ったら必ずやめて、謝る

・性行為を含め、相手の体に触れるときは、してもいいか聞いて、相手が「いいよ」って言うまでしない

 

かなぁ。

 

こういう教育ちゃんとやってる団体とかないかな。ほんとセクハラは上からのアプローチも大事だけど、下からもやらないと...

 

高校時代を思い出す

さて、旅も半分以上が終わって、最終目的地に来て、あと1週間ほどでイギリスに戻ります。

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アテネから1時間ほど飛行機に乗って、クレタ島イラクリオンという都市に来ました。泊まっているのは郊外エリアですが、イラクリオンの市内まで海沿いの道を歩けば30-40分で行けます。ローカルバスに乗るのがめんどくさいし、時間を選べば暑くないので、行きも帰りも歩くことにしました。車があるとイラクリオン以外の市にも行けるので、行くなら国際免許(もしくはEUの国の免許)を持ってレンタカー借りて...がいいでしょうね。

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こんな綺麗な海を横目に一人で歩いてたら、またいろいろ思い出して考えてしまう...笑

 

てなわけで、考え事について書きます。笑

 

今日は高校時代のことを思い出してました。

厳密には高校のことではないんですが、高校2年生のときです。

 

当時からいろいろやりたがりだったので、自分の高校と地元の国立大が協定を結んで行っている高大連携プログラムというのに参加して、少額で地元国公立の教養科目を1科目だけ受けてました。

そこで経験したことが、その後の進路に大きな影響を与えています。

今日はそのことを思い出しました。

 

科目の基本的な情報

  • 教養科目で学部関係なし
  • 火曜5限(なので、高校の授業が終わった後に参加できた)
  • 毎回ディスカッション(レクチャーが一切ない)
  • ディスカッション用グループが定期的に変わる
  • 日本語での授業
  • 日本語レベル高めの留学生が参加しており、約1割ぐらいを占める
  • 人気なので抽選
  • 法学部の先生が教えている
  • グループプレゼンテーションと個人レポートで評価
  • ディスカッションのお題はさまざまな社会問題について
  • 留学生以外は学部1年生

 

(個人的に)参加して良かったこと

  • 日本の大学の一面を知れたこと
  • 自分の勉強したいことがわかったこと
  • 自分の高校の卒業生以外の大学生の知り合いや友達ができたこと
  • 留学生の知り合いや友達ができたこと
  • 社会問題について考える機会がたくさん得られたこと

 

(個人的に)参加して悪かったこと

  • 部活を週に1回休まなければならなかったこと
  • 交通費(モ◯レー◯は高いですね...)

 

基本的な話はこれぐらいにして、このプログラムについての何を思い出していたのかという話ですが、上記にも書いた通り、グループプレゼンテーションがアセスメントとしてありました。そのグループプレゼンの話です。

そもそも、1グループの人数が多くて(7人ぐらい)、当時はみんながみんなスマホを持っていない時代(だいたいガラケー)でした。

正直言うと、このグループワークはめちゃくちゃでした。笑

まず、リーダーを決めなくてはいけない場面で、"おまけ"で参加している高校生の私が指名されました。ほかにやってもいいよという人、やりたいという人がいなかったし、高校生の私は年上の大学生に嫌だと言えず、やらざるを得なくなりました。

そして、それまでリーダーポジションの経験はあったものの、ここは大学なので、中学・高校とはわけが違うことを思い知らされました。まず、自分はほとんど大学に来ないし、仮に大学生であっても、中高とは違ってクラスもないし、この科目は学部ごちゃまぜなので、この授業でしか会えません。

みんなのメアドを集めて、メールで連絡しても返信しない人が半分ぐらいはいましたし、みんなの時間割がばらばらすぎて集まってミーティングすることもできませんでした。

そして、私がまとめる能力がなかったのか、私を支えてくれる人がいなかったからか、理由はなんであれ、唯一みんなが集まる授業の場で、プレゼンの方向性を決めるとき、コミュニケーションの問題が起きました。そして、誰も気づかなかったか、気づいていても指摘しませんでした。

 

まず、お題は「格差」にしよう、ということになりました。

当時の私たちは全くつっこまなかったのですが、今の私、いや大学1年の私でも

「テーマでか!!」笑

格差って言っても、なんの格差なのか、格差の何について話したいのか。

私は、「所得格差から生じる問題」についてテーマにしようと、グループに伝えていたのですが、伝わっていなかったらしいです。

 

それぞれが

所得格差からの教育格差(例:日本)

所得格差からの健康格差(例:アメリカ)

カナダで所得格差が生まれた経緯(技術の発展うんぬんかんぬん)

日本の所得格差の是正方法(累進課税と消費税)

所得格差の測り方(ジニ係数

を話す、めちゃくちゃなプレゼンになりました。もちろん、評価は...お察しください。

 

参考文献やらプレゼンスタイルやら、他にも問題はたくさんありましたが、それ以前に一貫性のないプレゼンをしてしまったこと、すごく強く記憶に残っています。

 

なぜなら、やっぱり自分がリーダーとしてグループをまとめきれる能力がなかったこと、何より、この矛盾に気づいたとき(プレゼン1日前ぐらい)、「今さら言っても遅いだろう」と諦めたことが悔しいです。

 

今の時代ってLINEがあるからまだ連絡しやすいし、ファイルの共有もGoogle Driveでできる。けど、私のときはそれがまだメインストリームではなかった。まぁ、そんなことを言えば、メールのなかった時代うんぬんという話になるので、技術環境に文句は言えません。

 

今日考えてたのは、「あのプレゼンはどうやったら、もっとましなものになってたんだろう」ということ。

自分を責める内容ならいくらでも言えます。

Day1から、自分の言いたいこと言えてませんでした。言っても、相手に伝わっているか確認ができていませんでした。たぶんそれが大きな原因だったと思います。

あとは、グループメンバーがあまり真面目じゃなかったかも。一緒にグループワークしてるようでしてないようなものだったから、みんながどれだけやっていたのかわからないんですけどね。

そう考えると、グループワークの時間がとれなかったのも問題ですね。こればかりはどうしようもない。

 

...自分たちだけで解決できただろうか?

 

てなわけで、大学側ができたことを考えてみました。

 

プレゼンをやるにあたってのガイダンスを細かくする。

ガイダンスはあった。けど内容がすっごい大雑把...というか薄い。

「今回wiki使うのはokだけど、ほかの授業では基本ダメだよ」

「パワーポイント使ってね」

それぐらいしかなかったと思います。

 

まず、このプレゼンにおいて何が期待されているのか、何が評価されるのかの説明は欲しかったです。

評価項目、評価基準(例:〜ができたらA/B/C)、含めるべき事項の説明が必要でした。そして、口頭だけでなくWordなどにまとめて、学生と共有すべきでした。

また、以下の指導を行うべきだったと思います。

  • リファレンスのやり方
  • パワーポイントの作り方(主に色や文字の推奨)
  • グラフのアドバイス(ナンセンスな円グラフ・3Dグラフは使うな、とか)
  • 話し方
  • グループワークの進め方のアドバイス

口頭のみならず、全て紙かデータで学生と共有。

あと、グループ名簿はあったけど、メアドも名前と一緒に載せてもよかった気がします。(プライバシー云々の場合は仕方ないけど、うちの大学では大学アカウントのメアドが載ってました。。。)

もう少しわがままを言うなら、オフィスアワー設けるなり、メール受け付けるなりして、事前にパワポを見てフィードバックしてもらえる特典が欲しかった。ご多忙なのは知ってるので、ほんとにこれはわがままな要望だけれども。

 

私は、「イギリスの大学では〜」と言うのが嫌なんですが、上記の提案はイギリスでの経験がもとであることを最初に断っておきます。イギリスの例を使って日本の批判するのはあまり良くないと思ってるのですが、ここだけは取り入れてもいいんじゃないかなって合理的に考えても思うからです。

まず、アサイメントの目的、評価について説明するのは当然だと思います。なんのためにやっているのかわからないし、最終的に評価されないことをやってとんちんかんなプレゼンを作っても意味がないからです。こういうのは、module outlineにして、day 1からわかるようにしておくべき。

それに、一年生対象にしてるんだから、プレゼン自体のガイダンスがもっとしっかりしてていいはずだと思います...レポートのガイダンスにいたってはゼロだったので、何をどう書けばいいのかわからなくて困りました。そのとき質問しなかった私も悪いですが、たくさんの学生からわーって質問が来て答えたり、変なレポート読まされて評価に困ったりするより、きちんと時間を使って説明したほうが合理的な気がします。

うちの大学では1年生のモジュールだと必ずアセスメントのガイダンスだけに特化したレクチャーやセミナーがありました。

あと、ほんとにデータ共有が少なすぎて、時代のせいもあるかもしれませんが、効率性が悪いです。今はblackboardみたいなプラットフォーム使って、改善されてることを祈ります。

オフィスアワーや事前のあれは先生のキャパ次第ですが、アサイメントの評価やガイダンスについては一回作れば使い回しできるし、修正箇所があってもちょっと直すだけで済むし。あと、授業の構造的にも、一回1時間半で30〜50分ぐらいをガイダンスに使ったって支障ないカリキュラムでした。

 

もちろん、私たちグループに非があるのは間違いないのですが、上記の提案をした理由は、相対的に私たちのグループはひどく劣っていなかったからです。

 

 

他のグループのプレゼンがどうだったか踏まえて考えたとき、自分のグループがひどいのには変わりがないけど、「こことは天と地の差だわ〜」っていうグループがあったわけでもないし、記憶に残るものは特になかったです。申し訳ないけど。だから、私のグループの人間がずば抜けて悪かったというわけではないと思います。

みんな少ない情報で、かつ時間やその他厳しい条件のもと、試行錯誤してプレゼンを作ったのではないかと思われます。

みんな価値あるテーマに取り組んでいたので、ガイダンス次第でもっと良くなったのになぁと思いました。

 

でも、もちろん私たちのグループに非があり、ガイダンスをやってもめちゃくちゃなプレゼンをしていた可能性もあります。ただ、ガイダンスがあったらましだったかも、という話です。私はおまけですが、他の学生は学費を払っているわけですし...安いけど...

 

高校のときの話なので、今は変わってるかもしれません。

 

適当にぼやっと考えて言葉にしてみたかったので書きました。

この某地元国立大学の学生さんおよび卒業生の方、教職員の方々、ディスった感じみたいになって申し訳ないです。

 

将来を考える

 

旅も後半に入り、ギリシャへ。

アテネは、プラハブダペストに比べると暖かく、少し風が吹いていて心地よい。

それでも、気温差で身体が1日もたなかった。

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ギリシャっていっぱい遺跡残っててすごいなぁ...と感動していた。

ローマ帝国時代の遺跡もあって、ひたすらわくわくしてた。ごはん食べるのを忘れるぐらい。

 

 

ところで、一人旅してると、ほんとに一人だから考え事しがちになる。

もちろん、おいしいご飯食べたり、素敵な景色を見たり、歴史を感じたり、冒険したり、考え事をしてる暇がないときはあるし、日本やサウサンプトンと違って危ない場所もたくさんあるので、あまりほかのことを考えないように意識して、警戒しながら行動する。

でも、ふとした瞬間、いろいろ考えてしまう。特に卒業後のことを。

 

旅先でもTwitter, Facebook, LINEなど、ソーシャルメディアとコミュニケーションツールは手放せない。

そのような状況で、おそらく、日本にいる友達(高校の同級生など)が大学を卒業して就職・院進することや、イギリスの大学にいる人がコツコツとロンドンでの就活イベントのために準備してることを、ソーシャルメディアを通して知っているのが影響として大きい。

単に「(日本の)桜が綺麗🌸」じゃ、私そこまで卒業後のこと考え込むことないはず。笑 日本に対するホームシックは十分あり得そうだが、桜が咲く前からすでに始まってる...笑

 

自分のこと云々の前に、もちろん日本の友達が新たなライフステージに移ることはとてもおめでたいと思っているし、心から応援もしてる。私よりも一足先に卒業して、ちょっとさみしい気持ちもあるけれど、みんなこれから大変なんだもんね...少しでもより多くの良いこと・楽しいことがありますように。

 

そんな思いと同時に、私は卒業後どうするんだっけと自分に向かって問いかける。

卒論を書き上げてからだ、そんな問いが出てきたのは。

 

時系列で追えば、まず夏休みだ。親友に会う、新しく住むところを探す、卒業式に出る、できれば東アジアと東南アジアを旅行して現地の友達に会う。そして10月には就職だ。

 

昨年12月に、今年の10月から所属する場所は決めた。自分が好きなこと・得意なこと・目指したいこと・組織や人との直感的な相性から、ここがフィットしそうだな、と思って、オファーにYesと答えた。

今でもその決断は納得しているし、10月からそこで働くんだ、という意識はある。

でも、そこに永遠にいる自分は想像できないし、かといってそこを去った後の自分も想像できない。友達が大学教授になりたい、経営者になりたいと言っているそばで。たとえ、彼らの考えるものがふわふわしたもので、夢みたいなことだったとしても、私はそういうでっかい何かがない。

 

一方で、10月に入る組織と関係のない、小さな細々としたやりたいことが、まとまりもなく、ランダムに浮かび上がってくる。学問であったり、マイクロビジネスであったり、not-for-profitの活動であったり。

どれも今すぐ手をつけないと関心が薄れて忘れてしまう、という焦りがある。飽き性だから本当にどれも賞味期限が短い。笑 消費期限で表すのが正しいものもある。とにかく、やりたいことをやれずに風化させてしまうのがいやなのだ。

ただし、手をつけたからにはある程度の期間はコミットしないといけないという縛りもまた苦しい。その縛りが正しいかわからないけれど、おそらくイギリスの1年の修士課程に入ったら、最初に出した修論プロポーザルの内容と半年後にやりたいものが完全に違う。なんらかのビジネスを始めても、すぐ他の全く違うビジネスや、もはや研究テーマについて考え出し、もともとの企画を中途半端にしてしまう気がする。

これでは、まともな論文も書けないし、きちんと収入も得られない。

 

そんなふうにぐちゃぐちゃ考えてしまう。

こんな私はどうやってオファーをとれたのだろう。笑 (いや、何が決め手だったのかはフィードバックから知ってるけど...)

 

でも、10月からの仕事もやってみないとわからないし、何か素敵な出会いがそこで生まれるかもしれないし、とりあえず決めたことに身を委ねるというのも選択肢の一つかなと思う。友達がそう言ってくれた。

 

それから、アメリカで学部を終えてOPTをやってる友達にこんな話をしたら、「それって強みだと思うから、活かせるところが見つかるといいね」と言ってもらえた。

もちろん努力はするけど、最後は運というか縁だから、見つかりますようにとひたすら願う。

こうやってブログに書きながら自分の思考を整理してたけど、悪いことばっかじゃないよなと最終的には思ってる。

 

でも、何かもやもやが残る。

おそらく、やりたいことを取捨選択する前に風化させてしまうのが許せないんだろうな。もちろん全部できないし、どれかを選んでどれかを捨てなきゃいけないのはわかってるんだけど...

難しいなぁ。どこにいても、最終的には専門性を持たないといけない気がするし、generalistでも範囲はそれなりにもってないといけないし。思い込みかもしれないけど...

 

誰かと話したいなぁ。

 

これからも悩み続けるけど、まずは卒業を第一に、抱えてるプロジェクトはコンプリートさせる!